人生交差点
人は誰しも後悔を抱えて生きていると思う
あの時、ああしておけばよかった・・・
そんな事は多々ある
そして今思えば違う選択肢をできていたのであれば違った人生が待っていたんじゃないか?って考えてしまう
そんな人生の岐路の事を人生交差点と呼ぶ
いや、勝手に僕が呼んでいる
僕はとある人生交差点を今でも悔やんでいる
それももうはるか昔の事なのに昨日の事のように悔やんでいる
あれば僕が幼稚園の頃だ・・・
僕は基本的に何もできない子だった
運動はできない
友達と仲良くできない
ご飯は食べない
母親が近くにいないと何もできない
保育園に行くのも本当に嫌だった
だから今、ぷく丸ちゃんを見ると本当にすごい子だなぁって感心してしまうのだ
僕と正反対なのだ
振り返らずに走っていってしまう
他の子がいてもどんどん行ってしまう
他の子に普通に話しかける
店員さんにあいさつできる
僕はこんな事が一切できなかった
たぶんうちの母親は僕を育てるのに本当に苦労したと思う
ご飯を食べなくていつまででも保育園から帰れなかった
母親は困って先生に相談した
そしたら
「この子は何をやってもダメです」
って言われて悔しくて泣いたらしいのだ
園でご飯が食べれないから全部をコップに入れられてお茶をかけられた事もあった
今の世の中なら虐待と言われてもおかしくないと思う
でも先生もそれぐらい困っていたんだと思う
こんなだった僕には後悔があるのだ
それが今のピアノ教室に通うことに繋がっているのかもしれない
僕は昔から体調が悪いときなどにうなされてしまう夢がある
その夢というのが『楽器が弾けない』という夢なのである
ステージにバンドメンバーと共に立っている
他のメンバーは普通に演奏する
でも僕はまったく弾けないのだ
そして焦って目が覚めるみたいな感じなのである
これは幼稚園の時のトラウマだ
僕は幼稚園が嫌いだったのでよく休んでいた
そして休んだ日にお遊戯会の音楽の役割が決まっていたのだ
うちの母は保育士
保育士だから家にもピアノがあった
だから勝手に僕はピアノが弾けると思われたのだ
そしてピアノ担当に選ばれていた
休んでいた間に選ばれていた
お遊戯会の練習
僕は訳もわからずピアノの前に座らされた
そしてみんなの演奏が始まったのだ
待て待て
まったくわからん
何度も演奏が止まった
僕のせいで何度も演奏が止まった
というかピアノなんてまったくわからないからだ
弾けるわけがない
ピアノというのは主役だと思う
でも主役がまったくできないのだ
すぐに降格だ
木の棒をもって左右を叩くという謎の楽器に変わった
主役からモブ中のモブに変わったのだ
当時の僕はそれが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのを覚えている
これならできるって思ったのだ
でも今思う
あの時、頑張ってピアノを弾いていたら・・・
僕の人生は変わっていたに違いない
今頃、世界をまたに駆けるピアニストになっていたに違いない
あの名前すらわからない左右を叩くだけの木の棒・・・
僕の人生をあの棒が変えてしまったのだ
めっちゃ気になったので今、あの棒を調べてみた
『ハンドウッドブロック』というらしい
名前だけはかっこいいな!!!!!!!!!!!!!!
だから僕は今ピアノを習っている
弾けまいままだと当時の僕に申し訳ないからだ
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KIDO DAIKI
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